2014年5月24日土曜日

ダイアリー 2014/5/24

一つの記事にするまでには至らない/纏まらないものを「メモ代わり」に投稿するため『ダイアリー』と言うカテゴリーを作ります。


どんな宗教集団もその歴史的、社会的文脈との関わりの中で生きていきます。

社会が変動すれぱ、その中にいる宗教集団も影響を受けます。

逆に変化する社会に対して、自己の価値観や視点から、社会へ働きかける、ということもあります。

「宗教と社会」をテーマにするこのブログは、両方の視点(「消極的」対「積極的」、「受動的」対「能動的」)から問題、課題を取り上げて行きたいと思います。

《最近読んでいる本》
戦後のドイツの指導的哲学者・知識人、ユルゲン・ハーバーマスの
An Awareness of What is Missing: Faith and Reason in a Post-secular Age
ユルゲン・ハーバーマスは、フランクフルト学派のクリティカル理論から「近代化の諸相」を鋭く総合的に分析して現代の問題の所在とその処方箋を提示する人物です。

小嶋がGraduate Theological Union博士課程(宗教と社会、現在は倫理学と社会理論)で研鑽していた時(1980年代前半)は、ハーバーマスは「(一方的)世俗化」論を前提にして議論していたので、どうやって宗教の位置を彼の分析に繋ぎ止めるか苦心したことを覚えている。

しかしこの本を読むと1985年頃から、ハーバーマスは次第にグローバル化する現代社会における宗教の役割は無視できないこと認め、むしろ如何に『市民社会・公共圏』への参加を設定するか議論を深める方向に舵を取った。その過程をこの本から垣間見ることができる。

所謂、カルトの扱いについて 
知人の関連する組織に「新天地」と名乗る団体が施設使用交渉にやってきたそうだ。
すぐ調べたら、どうもカルトっぽい団体らしきことが判明、即お断りしたそうだ。
週刊文春WEB記事

日本ではキリスト教界が特定キリスト教異端団体を名指しで、「○○団体とは一切関係ありません」式に「お断り」対応で済ましてきているが、そのようなやり方は最早「ほおかむり」なのではなかろうか。

一般啓蒙のためにはもっと積極的な情報開拓・提示が必要なのではなかろうか。

かといって「○○ウォッチ」式の監視機構みたいなのも危険を煽るだけのセンセーショナリズムに堕す可能性もあるから、難しいなー。

などと言っておれないが・・・。 
将来的にはこのサイトでも小さな窓口を設定できればいいが。
 
《『よそ者』の効用》
規制宗教団体が伸び悩んでいることはよく囁かれる。

大半の当事者たる宗教団体は、模様眺めだったり、諦観だったりしがちだが、一方で何とか現状を打破しようと戦略を練り、仕掛ける「メディア」系の人もいる。

キリスト教・プロテスタント系だと、キリスト新聞社・ミニストリー編集長、まっちゃんこと松谷さんだ。


彼のフェイスブック友達つながりで、仏教界で『よそ者』役を買って出ている方に、堀内克彦さんという方がおられるようだ。
宿坊研究会
代表で、同名ブログを運営されている。


多分いい意味での「お節介」さんだろう。

自分たち集団内の発想では殻を破れないところを、『よそ者』の視点からそれを助けてくれるような方なのだろう。

キリスト教系では、「教会オタク」としてそんな役割を買って出てくれる八木谷涼子さんのような方もおられる。

複雑化する社会、胡散臭く捉えられがちな「宗教団体」にとって願ってもないサポーターのような方々ではないかと思うのだ。

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